人生は夕暮れから面白い

冒険心と感動を持たない人生はつまらない

元気のでない時には・・・・「人生という旅 」小檜山 博さんのエッセイを読み返し

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 作家の小檜山 博(こひやま はく)さんの文は優しくて勇気が出てきますね。何度も読み返して元気をもらっています。大好きな作家さんのひとりです。

 この先生の作品には「人生という旅」「人生賛歌」「漂着」などなど多数、心が安らぐものがありますよ。

 きっとみなさんも心をうたれるものと信じています。

 一部をご紹介させていただきます。小檜山先生、勝手に掲載してしまい、申し訳ありません。深く陳謝です。

  

 

「原稿用紙、その後」

 いまつくづく、人と人の出会いによる人生のすばらしさを噛みしめている。
 以前「追っかけ」という文を書いた。ぼくが使用してきた原稿用紙にまつわる
話だ。
 三十三年前、ぼくが東京から札幌へ戻ってきた当時、気にいった原稿用紙が見
つからず、仕方なく東京の妻の弟に頼んで新宿の伊勢丹から買って送ってもらっ
ていた。それを使いながら二年ほど、気にいるものを探してしょっちゅう札幌市
内の文房具店を歩き、何十種類もの原稿用紙を見て回ったあげく、やっと探し当
てたのが「難波商店」という文房具屋にあったコクヨのケー60という、淡い茶
色の罫線でできたものだった。線の柔らかさも紙質もぼくの神経と性格にぴった
り合ったのだ。

 それを三十冊まとめて買うと店の中年の女性が「こんなにたくさん買ってどう
するんですか」と聞いてきた。ぼくは小声で、下手な小説を書いているので、と
こたえた。 まだ文学賞などもらってなかったころだ。すると彼女は「頑張んな
さい」と言い、そばの女店員に「代金を負けてあげなさい」と言ったのだった。
それからぼくは四ヶ月に三十冊くらいずつ「難波商店」で買いつづけ、そのたび
に代金を安くしてくれた。いくら、いいからと言っても値引きしてくれたのだ。
彼女はそこの専務さんだった。

 十年がたったころ、その店は大手の店に押されたのか次第に小さくなり、やが
て街の中心から郊外の小さな貸しビルへ移って行った。ぼくは移った先へ通いつ
づけて原稿用紙を買った。十五年がたち、ぼくがいくつかの文学賞をもらったこ
ろは従業員は二、三人まで減っていた。専務さんが「よかったね、立派な作家に
なって」と言ってくれ、ぼくは「あなたのおかげです」と頭を下げた。「難波商
店」へ通いつづけて三十二年たった二年前の十月、また原稿用紙を買おうとして
電話すると通じなかったのだ。

 調べると、そういう店はないと言われ、ぼくは受話器を持ったまま悲鳴みたい
な叫び声をあげた。
 ぼくはやむを得ず、ある文房具店に頼んでコクヨのケー60を五十冊取り寄せ
た。そのことを雑誌に書いて一ヶ月後だった。コクヨの会社の役員という人から
電話がきて、「あなたの文を読みました。三十二年間も使いつづけてくださって
心から感謝します。お礼に少しばかり原稿用紙をお送りしたい」と言った。ぼく
は丁重に辞退した。しかし彼は、これは社長からのお願いなのでぜひ受け取って
ほしい、と言った。じゃ、それを買わせてもらいます、とぼくは言った。しかし
彼は、感謝の心です、と言って電話を切った。 五日後、大きな荷が届いた。開
くとなんとコクヨのケー60の原稿用紙が六千枚も入っていたのだ。ぼくは長い
こと立ちつくしていた。

  それから半月ほどたったとき、電話に出ると女の声で「わたくし、難波商店
です」と言ったのだ。
 ぼくは、ワッと声をあげた。まぎれもなく三十二年間、ぼくに原稿用紙を安く
売ってくれつづけた、あの、「難波商店」の専務・難波ナツコさんの声だった。
 ぼくは思わず、お元気でしたか、と聞いた。電話の向こうの声は泣いていた。
彼女は、頑張ってみたけど、けっきょく時代の波をかぶって倒産してしまった、
というようなことを言った。しかし声は明るかった。ぼくは、そうですか、そう
ですか、と聞いていた。ほかに言いようがなかった。

 最後に彼女は「六十年前に父から譲られた店をやってきて、いまこんなふうに
してしまって、どういう意味があったのかとずっと悩み苦しみましたけど、あな
たが書いてくださったあの文章を読んで肩の荷が降りました。友人は、わたしが
した文房具屋は一人の作家という文化を育てたことだと言ってくれるんです。あ
の一つの文を書いていただけたことだけで、私が六十年間あの店をやってきた価
値があったと気づいたんです。ありがとうございました」と言った。彼女の涙声
を聞きながら、ぼくは霞んだ眼を手でぬぐった。

 それから間もなく彼女から、お礼だといって酒が送られてきた。中に「あなた
のおかげで、もう一度、仕事をやってみる気が起きました。あなたの文を読んだ
という以前の取引業者やお客に励まされて、もうすぐ開業します」という手紙が
入っていた。

 

 

 人の優しさとか温もりが伝わる、ほのぼのとした情景が目に浮かんできますね。小檜山先生は札幌在住なんですね。

 小檜山先生のますますのご活躍をお祈りしたいです。

 

 

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