ギリヤーク尼ヶ崎さんって知っていますか?(^_^)/~
ワタシの古い友人です・・(^_^)/~。ワタシは顔が広いのですよ・・。(^_^)/~ 顔は小さいですがねぇ・・。
友人たって歳が23も離れているから「お師匠」様と呼ぶべきなのですが、ワタシが学生の頃に北海道公演でお会いしてから、ずっと親交を頂いています。
2・3前にお電話した時にはお風邪を召しておられて都立病院に通われていると言われていましたが、春の大阪公演・・・アメリカ村の御津公演はやりたいからと言われ、市の公園課にワタシが申請用紙を頂きに行ったことがありました。
この時の公演は体調が優れずに中止になってしまいましたが、それ以後も夏の北海道公演がパーキソン病のために叶わず、いまは治療に専念されているご様子です。
もう、極めて無邪気な方でして(^_^)/~、実に屈託のない性格の明るい方なんですよ・・。これがファンの皆さん方の信頼を得ておられるのですよね・・。
本名は尼ヶ崎勝見さんと言われるのですが、ご自身が少数民族のギリヤークに似ているとかで、この名前をつけられたそうです。
ワタシが初めてお会いして時はとてもお元気でしたよ・・・(^_^)/~。88歳までは踊り続けると言われていましたから、そう信じてまた願ってもいたのですが、それも現在のお体の様子ではご無理な気がして残念でならないです。
もうひとりであちこち日本国内を放浪している時には、いろんな方にお会いしました。現在テレビに出ているような方も、かつては無名の人もおられたし、また同世代の人と知り合い現在も交流が続いている方もたくさんおられます。
尼ヶ崎さんも旅仲間・・、そのお一人です。(^_^)/~
友人の芸術家と話をしていたときにとてもびっくりしたのは、「ギリヤーク尼ヶ崎って知ってる?。今度、御津公園で公演があるから見にいかない?。」と声をかけたところ、「ギリヤークって、知っていますよ・・。」「えっ?、なんで?。」「若い時にウチの大学のモデルで来てくれていましたから・・・。」
へぇ~~、意外な事もあるものだな・・と驚きました。芸術家が学生の時に、彼が美大にモデルとしてやってきて、長い時間ずっと動かないモデルで、とても重宝させてもらいました・・・、と言う事だったのですよねぇ・・。
ギリヤークさんは裸像のモデルもしていたんだ・・・と初めてこんな経歴も知りましたよ。
何でも、ご本人は若いときに俳優の道を目指したそうなんですが、言葉が訛りのあるイントネーションの為に、ダメだったそうなんですねぇ・・。
ギリヤークさんと話していると、北海道弁と言うよりはむしろ津軽弁めいた発音を感じる事が多いです。彼は函館・若松町のご出身ですよ・・・、決して津軽生まれではないのに、そんな風につい感じてしまいます。
35歳から街頭に立ち、念仏じょんがらをはじめとして数曲踊るにはそうとうな体力を必要とします。しかも水も被るし、大声で「お母さ~~ん」と叫ばなければならないですしねぇ・・・。
もう、今の彼にはかなり厳しい様子を感じるばかりです。早く良くなられて、またファンの前に出て来て頂きたいのですが、齢を考えれば後はのんびりと過ごして頂くことも大事かも知れません・・。
大道芸、芸の一番難しい局面がこの大道芸でしょうねぇ・・。
かつて小沢昭一さんが日本の放浪芸を求めて旅に出ましたが、厳しさと激しさは言葉に出来ないものだと言われていたようにも思います。
まだまだギリヤークさんにはガンバってもらいたいですが、体の方が大事ですから無理はされないように願うばかりです・・・。
今年の10月9日、新宿三井ビル前広場での公演は無事に終わったのでしょうか?・・。
☆ ☆ ☆
今日の門別競馬2レース見ていました。
急に後に下がった5番のコングレイ・・、ゲートでもつまづいていたのですが走りが変・・。前から写ったレース実況は右後足が外を向いている様子。
「わぁ・・、骨折しているがな・・マナト(黒沢愛)止めんかい・・。」とワタシが絶叫したのもつかのま、マナト君は落馬してしまいました。
ガクンと衝撃受けたのがわからなかったのかな・・・。でも、競走馬って凄いです。こんな事になっても走る闘志は衰えないのですねぇ・・。
無事復帰出来るかなあ・・、2歳馬ですので可愛そうな気がしてなりませんよ・・。
(/_;)
実は~~、レース間違いをしてしまい、このウマを買っていたのです。とても買える人気でも実力でもないのですが、買ったことが目に止まることになってしまいまして・・。(/_;) お互い不運だね・・・。
ニンゲンもウマも、ガタが来ればどうしようもないですよねぇ・・。
元気でいなきゃ楽しめないですよ~~(/_;)。